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デンマーク・ニュース2001


※在米デンマーク大使館が使用を許可している記事等に基づいています

2001年12月22日
デンマークでは、今年は60〜70%の確率で全国的なホワイト・クリスマスとなります。デンマーク気象庁によると、デンマークが全国的なホワイト・クリスマスとなったのは、1900年以降7回だけでした。全国的なホワイト・クリスマスと見なされるには、12月24日の午後に国土の90%が5mm以上の雪で覆われている必要があるそうです。

2001年12月15日
コペンハーゲンのティコ・ブラーエ・プラネタリウムで12月12日、世界最高水準の環境監視衛星「Envisat」が公開されました。「Envisat」とは、地球環境や大気圏の情報を収集する人工衛星で、その名は“Environment Satellite”(環境衛星)に由来します。当初は2002年1月に打ち上げられる予定でしたが、3月にずれ込む見通しです。

2001年12月8日
経済協力開発機構(OECD)が32か国の15歳を対象に行った「生徒の学習到達度調査」によると、デンマークの生徒は読解力で16位、数学的応用力で12位、科学的応用力で22位でした。一方で、デンマークの生徒は学校に満足しており、クラスへの参加も積極的なことが分かりました。ちなみに、日本の生徒はいずれの分野でも1位ないし2位のグループに入っていました。

2001年12月1日
今年第3四半期のデンマークの経済成長率は、意外と高いことが分かりました。最新の予備調査によると、今年の第2四半期と比べて0.9%、昨年の同時期より1.4%の上昇でした。これは国内需要の落ち込みにより輸入が減った一方で、輸出が少し増加したことが原因と見られています。

2001年11月23日
11月20日に行われたデンマーク国会(フォルケティング)の総選挙で、自由党を中心とする右派連合が179議席のうち98議席を占め、過半数を獲得しました。与党の社会民主党連合は77議席にとどまり、ポール・ニューロップ・ラスムセン首相は9年間に及ぶ政権の座を退くことになります。次期首相にはアナス・フォー・ラスムセン自由党党首が就任する見通しで、すでに11月21日、女王から組閣開始を求められました。

2001年11月17日
今年1月から9月までにデンマークで生まれた子どもの数は、この10年で最低の49,236人であることが分かりました。これは1995年の同じ時期に比べて6.2%の減少です。しかし出生率が過去100年で最低だった1983年の38,096人よりは、はるかに高い数字となっています。

2001年11月10日
スカンジナビア航空(SAS)は、最近の利用客の減少を受けて、21機の運行を取り止め、3,600人を解雇すると発表しました。SASは米同時テロ以降、すでに労働力の12%を削減すると発表していますが、今回の決定でその数字は15〜18%に修正されました。これに対してSASの労働組合は、解雇人員数の削減を求めて経営陣と交渉するとしています。

2001年11月6日
ポール・ニューロップ・ラスムセン首相は、国会の繰り上げ総選挙を11月20日に実施すると発表しました。総選挙が地方選挙と同時に行われるのは今回が初めてです。総選挙を4か月前倒しした主な理由は、米国でのテロ事件以降、治安対策が急務となったためです。それに加え、新予算をクリスマス前に実施する必要があることや、2002年後半に務めるEU議長国の準備期間を十分にとれることも、今の時期に選挙を行う理由です。

2001年10月26日
ハロウィーンはデンマークではあまり大きな行事ではありませんが、関心は高まっているようです。コペンハーゲンのカフェの中には催し物を行う店もあり、人々は仮装をしたり、顔にメークをしたり、カボチャをくり抜いたりします。図書館でも、怖い話を読み聞かせたり、ホラー映画を上映したり、ハロウィーンという伝統について教えたりしています。

2001年10月20日
デンマークの状況分析研究所が行った調査によると、デンマーク人は米国同時多発テロ事件以後、暴力や犯罪、医療制度、失業の問題を以前ほど不安に思わなくなったことが分かりました。意外にも外国人や難民に対する恐怖も減少していて、戦争への恐怖だけが増加しています。これはテロ事件の深刻さが従来の心配事を色あせたものにしただけでなく、9月11日以降、メディアが国内問題の扱いを小さくしたからとも見られています。

2001年10月13日
イタリア・ミラノの空港で10月8日、コペンハーゲン行きスカンジナビア航空の旅客機がドイツの小型機と衝突、炎上しました。この事故で118人が亡くなり、うち18人はデンマーク人でした。スカンジナビア航空は安全性の高さで知られ、1969年以降、死亡事故は一つも起きていませんでした。

2001年10月6日
デンマークのコペンハーゲンとスウェーデンのマルメを結ぶオアスン橋の自動車交通量が、2001年9月には前年の同じ月と比べて14%増加しました。オアスン橋を渡る車は一日あたり平均して7,955台で、これは2000年9月よりも約1,000台多いことになります。平日の交通量は約20%増加したのに対し、週末の交通量は3.5%の増加で、また通勤の車が昨年の同じ時期より倍増していることから、ビジネスや労働力の面で交流が活発化しているのが分かります。

2001年9月29日
デンマークはアフガニスタンの難民のために185万米ドルを支出することになりました。このうち92.5万米ドルは国連難民高等弁務官事務所に贈られ、難民キャンプ、難民登録、備蓄に使われます。残りの92.5万米ドルは国際赤十字・赤新月社連盟に贈られ、アフガニスタンの周辺国が難民を受け入れるのを支援するために使われます。国連難民高等弁務官事務所では、150万人のアフガニスタン人が周辺国に脱出するであろうと見ています。

2001年9月22日
独立心が強いと言われるデンマーク人ですが、最近ではいわゆるパラサイト・シングルも増えているようです。30歳から59歳までの独身者で、親の家に同居している人の割合は、1981年には0.2%だったのに対して、今日では6.2%となっています。これはイタリアではよく知られた現象なんだそうですが、今やデンマークにもその傾向があるわけです。

2001年9月15日
9月12日、コペンハーゲンの大聖堂では、アメリカでのテロ事件の犠牲者を追悼して礼拝が行われ、女王、内閣、国会議員、外交官らが出席しました。また9月14日の正午には、国中で2分間の黙祷が捧げられました。アメリカ大使館の前には記帳に訪れる人の長い列ができていて、大使館前の歩道は花で覆われています。また人々は、家の窓に自由の象徴としてろうそくを灯しています。

2001年9月8日
デンマーク女王マルグレーテ2世は、9月7日から9日までグリーンランドを訪問します。これは海軍基地の50周年を祝うためで、デンマーク首相、フェロー諸島首相、国防省長官、アメリカ大使が同行し、グリーンランド首相も式典に参加します。これに伴い9月9日には3首相が、再建された「赤毛のエイリーク」の長屋で会議を行います。「赤毛のエイリーク」は985年にグリーンランドへ入植した人物です。

2001年9月1日
デンマークとスウェーデンの合弁企業アーラ・フーズ社は、NASAと協力して宇宙飛行士用の乳製品を開発することになりました。アーラ・フーズ社はヨーロッパ最大の乳製品メーカーで、今回開発するのは、チーズ、乳飲料、ヨーグルトの3品目です。

2001年8月25日
児童保育の専門家ヴィベケ・マンニケ医師は、デンマークの学校が露出度の高すぎる服装を禁止する校則を設けるように提案しています。「(女の子は)ブリトニー・スピアーズを見て、大抵は自分の性を意識する前に、同じような服装をしたがります。そのような格好をすることが最新で進んでいるのだと思っていて、自分が発信している合図やメッセージに気づいていません。問題はこうした服装が年齢や成熟度に合っておらず、不快なことを言われたりされたりする原因になるということです。」

2001年8月18日
「愛しのバービー・ガール」「ターン・バック・タイム」などのヒットで知られるデンマークのポップス・グループ「アクア」が、無期限の活動休止を発表しました。「アクア」は1997年のデビュー以来、世界中で1,800万枚のアルバムと1,000万枚のシングルを売り上げましたが、来年初めに発売される予定だった3枚目のアルバムの出来に不満で、休養をとることにした模様です。

2001年8月11日
デンマークの政治家の大多数が、現行の9年間の義務教育に1年を加えることに賛成しています。この場合、幼稚園での1年が必須となり、加えて学習目標が設定されます。国会の教育委員会議長ハンス・ピーター・ボーズゴー氏は、デンマークの子どもの読解力には問題点があり、教育期間の延長によって学力が向上するだろうという考えを示しています。保護者の多くは1年増やすことの意義を疑問視していますが、ノルウェーでも4年前に親たちの反対を押し切って実施し、今では国民の大多数によって受け入れられています。

2001年8月4日
デンマークが多民族国家になりつつあります。昨年デンマークで誕生した子どものうち、7人に1人は移民の家系の生まれでした。最新の統計によると、67,081人の新生児のうち13.1%が、移民もしくは移民を両親に持つ人のもとに生まれています。コペンハーゲン郊外のいくつかの地区では、新生児の四分の一がデンマーク国籍のない母のもとに生まれ、ある地区ではその数は三分の一に達していました。

2001年7月28日
アメリカからデンマークへ旅行する人が増えています。デンマーク政府観光局によると、今年最初の5か月にデンマークで宿泊したアメリカ人観光客の数は、昨年の同時期より15%近く増えていて、昨年1年間について言うと一昨年の11%増だったそうです。「アメリカの都市から来ると、デンマークはエキゾチックなんです。伝統に深く根ざしていて、それでいて良く整った近代社会であり、人々は友好的でおまけに英語も話せるというオアシスなんです」と同観光局の局長は語っています。

2001年7月21日
デンマークは風力発電の盛んな国ですが、デンマーク製風車の輸出が急増しています。2001年の最初の5ヶ月に輸出された風車の総額は23億クローネ(約330億円)で、昨年と比べて67%の増加です。主な輸出先は日本とアメリカで、両国あわせて輸出量の半分以上を占めています。

2001年6月30日
デンマーク近海のアザラシが増えすぎ、魚の捕獲用具が破壊される問題が起きているため、漁師たちがアザラシの数を半減させることを求めています。アザラシは年間を通じて保護されるため、その数は増加していて、現在では1988年よりも3,000頭多い11,000頭に達しています。漁師たちは、これを5,000頭にまで減らしたい意向です。これについて、ある自然保護団体は、魚網の近くで魚を捕るアザラシに限って射殺するべきで、その他のアザラシを殺すのは間違っている、と主張しています。

2001年6月23日
デンマーク人の土木技師イェンス・カッペル氏が新式のスクリューを開発しました。これにより船舶の燃料が4〜7%節約される見通しとなりました。これは年間1,900万トンの石油(15億ドル相当)が節約できることを意味し、地球温暖化防止にもつながります。カッペル氏は、共同開発者とともに実際のタンカーで実験する準備を終えており、「模型実験で得られた結果が、必ずや実物大でも繰り返されるでしょう」と、スクリューの効果に自信を示しています。

2001年6月16日
犯罪発生率に関する国際調査の結果、デンマークは世界中で最も安全な国であることが判明しました。調査にかかわったコペンハーゲン大学の犯罪学の教授は、「メディアの流すイメージとは反対に、デンマークはきわめて安全なのです。犯罪防止は大変うまくいっており、ほとんどすべてのデンマーク人が刑法に従っていると言えます」と語っています。

2001年6月9日
アメリカのスターバックス・コーヒーは、デンマーク、スウェーデン、ノルウェーへ近々出店する計画を進めており、現在、北欧でセブンイレブンを経営するノルウェーのNarvesen社と交渉中です。スターバックス・コーヒーは、国際的に4,000店舗を持つ業界最大手で、ヨーロッパではすでにイギリスとスイスに進出しています。

2001年6月2日
@ デンマークの国会は、5月29日、京都議定書の批准を圧倒的多数(賛成88・反対9)で決定しました。
A リット・ビャゴー食糧農業水産大臣は、農薬の有害性に関するEU委員会の調査結果を待つことなく、殺虫剤が在留している果物・野菜の規制を強化する方針を打ち出しました。これにより、今後、80%以上の殺虫剤が禁止されることになりそうです。

2001年5月26日
デンマークの学生には留学志向があるようです。昨年、外国の大学で1〜2学期を過ごそうと志したデンマーク人留学生は4,000人あまりで、さらに別の4,000人が全課程の履修を目指しました。志願先として人気なのは、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカの学校です。ある関係者によると、ヨーロッパ内は近くなったので、それ以外の土地に行くほうがエキゾチックなのだそうです。

2001年5月19日
デンマークのフレデリック皇太子は、今年8月より1年間、防衛大学で授業を受けることになりました。この課程を修了すると、皇太子は海軍中佐・陸軍少佐・空軍少佐の地位を獲得します。フレデリック皇太子は1995年にも潜水部隊に入隊するなど、すでに幅広く軍事訓練を受けています。

2001年5月12日
経済協力開発機構の統計によると、デンマークは国内総生産(GDP)の1.06%を発展途上国への開発援助に使っています。GDPの1%以上を使っている国は、世界中でデンマークだけです。2位はオランダの0.82%、3位はスウェーデンの0.81%で、最下位はアメリカの0.1%でした。

2001年5月5日
ヨーロッパで発生している口蹄疫のため、デンマークからの豚肉と牛肉の輸入を禁止していたロシアは、5月3日、禁止措置を解除しました。デンマーク国内では口蹄疫の徴候が見られないため、デンマーク当局はロシア市場の再開を求めて交渉してきました。他のヨーロッパ諸国の場合は、依然、禁止されています。

2001年4月28日
空港の格付けを行っているイギリスのスカイトラクス・リサーチ社は、コペンハーゲン空港を世界第6位に位置付けました。調査は世界中の40万人の旅客を対象に、移動、設備、快適さについて尋ねて行われました。第1位は香港の赤鯔角国際空港でした。

2001年4月21日
デンマークの自治領フェロー諸島が独立を求めています。4月20日、フェロー諸島の議会は独立をめざす決議案を可決しました。フェロー諸島は1948年までデンマークの県の1つでしたが、その後は防衛と外交政策を除いた自治が認められています。今回の決議案により、今後、段階的な過程を経て、デンマークからの完全な独立へ向かうことになります。

2001年4月14日
コペンハーゲンの観光名所チボリ公園では、4月11日、今シーズンが始まりました。初日には約19,000人が訪れて、春のひとときを楽しみました。チボリ公園は158年の歴史をもつアミューズメント・パークで、5月1日には新アトラクション「モンスーン」もお目見えします。今年は11月23日まで開園し、その間、430万人の入場者が見込まれています。

2001年4月7日
アメリカ経済の減速がデンマーク企業に悪影響を与えています。クリスチャン・ハンセン社は、4日、今年度の利益の見込みを3億6000万クローネから半分以下の1億500〜6500万クローネに修正しました。オーディオ機器メーカーのバング&オルフセン社も、今年度の予想を大幅に下方修正しました。「アメリカの販売店では売上が落ちています。景気の後退を恐れ、低成長を見こしての買い控えが起きています。我々の商品は必需品ではなく、人々は今買わなくてもよいものから先に切り詰めていくでしょう」と同社のアナス・クヌートセン専務は語りました。

2001年3月31日
女性の喫煙率が高いデンマークでは、慢性的肺障害で亡くなる女性の数が圧倒的に多いことが、専門家の調査によって分かりました。慢性的肺障害は別名「喫煙者の肺」とも言い、20〜30年喫煙するとかかる病気で、肺の機能を大いに低下させ、死に至らしめます。患者数は増加の一途をたどっており、ある医師は「阻止できない流行病」としています。なぜデンマークの女性はそんなに煙草を吸うのかというと、第2次大戦後、女性が仕事に出るようになって、同僚男性の悪癖を受け継いだからと言われています。

2001年3月24日
人種差別や外国人排斥を監視しているヨーロッパのある団体の最近の調査で、外国人への寛容さに関してデンマークの意見は二つに分かれていることが判明しました。それによると、デンマークは、人権を侵害された人への理解や配慮という点では寛容な国である一方で、国民のほぼ4分の1が、日常生活で他民族と接することを煩わしく感じていることが分かりました。これについて専門家は、デンマークが多くの移民を受け入れたのは、ここ20〜30年のことにすぎず、世論が二分化しているのも理解できる、としています。

2001年3月17日
イギリスからフランスへ口蹄疫が拡大する中、アメリカはEUからの食肉輸入を全面的に禁止しました。EUからアメリカに輸出されている豚肉の70%以上はデンマーク産であるため、今回の措置はデンマークの業者にとって大きな打撃となっています。リット・ビャゴー食糧農業水産大臣は、先週アメリカを訪れ、「アメリカが国ごとに個別の判断をしないのは不当だと思う」と述べました。現在のところデンマーク国内で口蹄疫は発生していません。

2001年3月10日
クリントン前米大統領は、デンマークの経済紙「ボーセン」主催の会合で財界人を前に講演するために、3月14日、コペンハーゲンを訪れることになりました。この講演の後、クリントン氏はポール・ニューロップ・ラスムセン首相とも私的に会談する予定です。今回は辞任後、初めてのヨーロッパ訪問で、いずれの場にも報道機関を入れないことが条件となっています。

2001年3月4日
最近の犯罪被害者調査によると、デンマーク人の半数が、夜道を歩いても安全だと感じているそうです。これは、ヨーロッパでもっとも高い割合です。しかし実際には、毎年、4人に1人が何らかの犯罪被害に会っています。にもかかわらず、人々が強い安心感を抱いているのは、全犯罪の25%を自転車泥棒が占めるなど比較的軽い犯罪が多いことや、警察への大きな信頼と満足、保険会社による充実した保証のため、と考えられています。

2001年3月3日
レゴ・ブロックで有名なデンマークのLEGO社は、昨年度決算で10億クローネ(約150億円)の損失を出しました。1930年代の創業以来、同社が赤字となるのは、1998年に引き続き2回目です。その結果、スイスとハンガリーの3つの工場が閉鎖され、500人の従業員が解雇されることになりました。クリスチャンセン社長は、eビジネスや、本・Tシャツの販売といった新事業に手を広げすぎたことが誤りだったと釈明し、今後は、子供の創造性を高める本来の玩具事業に集中したい、と述べました。

2001年2月25日
第51回ベルリン国際映画際で、デンマーク映画“Italiensk for Begyndere”(初心者のためのイタリア語)が銀熊賞(審査員賞)を獲得しました。内容は、夜間イタリア語教室を中心に繰り広げられる、さまざまな人間模様を描いたもの。監督のローネ・シェルフィは、ソルボンヌやコペンハーゲン大学で映画を学んだ女流監督で、今回が長編3作目に当たるそうです。

2001年2月15日
デンマークの最新の人口統計が発表されました。それによると、2000年末現在の総人口は、534万9212人です。

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